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「悪い行いは地獄に行く?」とごみ拾いボランティア

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悪い行いをすると地獄に行くのか…?

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地獄…

地獄とは、「罪びとが今の「生」が終わった後に、罪を償うために行く世界」だといわれています。

 

決して誰かへの当てつけでこの記事を書くわけではありません。

ただ、「悪いことをするのはやめた方がいいのではないか?」という自分自身の自戒を含めた考察です。

 

地獄はあるのか?

地獄はあるのか…?

地獄があるか?ないか?はわかりません。

ただ、「地獄」というのは、大昔からつづいてきた考え方です。

 

「地獄があるか?ないか?」は死んでみないと分かりません。

しかし、生きている今、罪を重ねて地獄に行く確率をあげてしまうのは、はたして得なことでしょうか?

 

高度成長、技術革新で物質的な価値が高まり、「心」という目に見えないモノの価値が低くなってしまいました。

しかし、モノである「肉体」も、「心」も同じものではないでしょうか?

 

物質は、「分子」「原子」「電子」…と小さな要素から構成されています。

ぼくたちの「心」といわれるモノも、一説によれば、「脳内での化学反応」や「脳内での電子の移動(電気信号)」だといわれています。

突き詰めて考えると、「肉体」も「心」も同じものの可能性があります。

 

電気信号の「心」が、「地獄」という世界を思い描くのだとしたら、「地獄」という世界があっても何ら不思議はありません。

(実際、「空を飛びたい」という思いで生まれた飛行機、「遠くの人と話したい」という思いで生まれた「スマートフォン」、多くのものが思考から実現されていますし…。)

 

地獄への切符「罪」

どういったことが、地獄に落ちることにつながるのか?

「心に罪悪感を背負う行為」
「悔い」
「愛のない行動」

が地獄につながるのだとYouTube先生が教えてくれました。

 

死ぬ前に、「悪いことをした…、悪いことをした…、悪いことをした…」と思って死んでいくと、その人の心は「罪悪感」という地獄にとらわれてしまう気がします。

地獄というのが、肉体が滅びた後の「心の世界」だとしたら、「罪悪感を心に背負うこと」が地獄につながることも納得できる気がします。

 

「悔い」も同様、戻れない過去に対して後悔をしても、自分の心に負担をかけるだけで、いつまでも悔いているならそれは地獄につながる気がします。

 

「愛のない行動」について。

「愛のない行動」をしたとしても、その人の「心」に罪悪感がないのなら、地獄という「心の世界」はないように思えます。

 

しかし、「愛のない行動」は、まわりの人の「悪意」を集めないでしょうか?

 

最近、ワンネスという考え方をよく耳にします。

ワンネスとは「人の魂や心はすべてつながっている」という意味なのだとか。

 

死後、すべての人の「心」や「魂」がつながるのだとしたら、「愛のない行動をするような魂」を、「愛のある行動をする魂」が受け入れることができるでしょうか?

「愛のない行動をする魂」が固まって、地獄になる…。

そんな地獄も考えられます。



串本でごみを拾い続けて、約一年半…

ぼくの「悔い」や「罪悪感」は消えてしまいました。

 

はじめは、ポイ捨てした人を恨んだり、政治を恨んだり、心に何か黒いものを抱えていた自分です。

しかし、一年半もごみ拾いを続けると…

そういった、「自分の心に悪意を持つようなこと」を考えることがめんどくさくなりましたw

 

考えることをやめてからは、「未来に対する不安」や「イライラ」も消え、まるでこの世が天国みたいです。

このまま死ねば、間違いなく 「悔い」「罪悪感」の二つの地獄への切符は手放せている気がします。

 

極楽浄土めざして、ぼくは今日もごみを拾うのでした。

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