生まれてから20歳までの時間を母とこの串本の町で暮らした。
亡くなってから10年、大学や就職で母の墓とも思い出とも距離をとっていた。
しかし、大阪から串本に帰ってきてからは、月に一度はお墓参りにいくし、部屋に仏壇はないものの、お香をたいたりしている。
母と仲の良かった従姉妹の姉との間では、母との思い出は完全に笑いのネタになっている。
なんでこんなブログを書こうと思ったのか?
それは目指しているブロガー・りっつんさんが書いた“旦那さんの遺品整理”の記事を読んだから。

大切な人をなくしても、今は幸せに暮らしているんだ。
亡くなった人との思い出の記事でもだれかの心を救えるんだ。
(ぼくが救われた)
と思えたから。
(まぁ…今日は書くことがなくて困っていたのが正直なところだが…)
「辛い、苦しい」の記事なら、母は怒るだろう。
でも、今は楽しい気持ちでいっぱいだし、そんな記事なら母も許してくれるだろう。
遺品整理
残しておきたいのはものじゃなくて思い出だよな…。
母がなくなって遺品の整理は一苦労(´・ω・`;)
自営業で服屋をしていた上に、多趣味の陶芸や料理で、商品や道具が多数…
同級生と話をしても、ぼくら(35歳)の親の世代は何でもため込んでおくのが好きなようだ…。
古い靴や、色あせたブラジャー、のびのびにのびたパンティーまで(´・ω・`)
亡くなった当初は、もう使うことも、着ることもない母のものが捨てられずにいた。
しかし、10年という歳月がすぎると…
タンスに密閉された服には、虫が食い、ゴキちゃんのたまごがコロコロ…
さすがに恐怖を感じて、ゴミ袋をひろげぶち込んだ(; ・`ω・´)
一つ捨てだすと、次から次へと捨てたくなる。
捨てていると、見覚えのある服。
ああ、あの日はこんな服着ていたなとか思い出が蘇ってくる。
きっと遺品を処分しなければ、この思い出が浮かび上がってくる感情には出会えなかっただろう。
そう、モノに触れたときに出会える思い出が大事なのだ。
それに今は便利なものがある。
スマホで写真をパシャリ・ω・`)【◎】
写真ならばかさばらないし、大事な思い出をとりだすことができる。
モノで生活の質を下げる必要はない。
モノが生活のジャマをするようなら、「いままでありがとう」といって、すっぱり捨ててもいいのだ。
実は母は近くにいる!?
今のぼくは母と似ているのだ。
母親は裁縫、料理、絵、陶芸、スポーツ、読書、何をしても器用な人だった。
母が亡くなる前のぼくにはそんな器用な能力、ミジンも持っていなかった。
でも今は、料理をしていても、絵を描いていても、読書をしていてもとにかく楽しいのだ。
まるで、母親がぼくの心をのっとって楽しんでいるかのように。
最近、霊や仏教、風水やスピリチュアル。
そんなものに興味を感じはじめた。
学生のころは、理系バリバリのぼく。
「霊や宗教?ナニソレコワイ。そんな非科学的なものはしんじませーん」と思っていた。
でも、そんな論理的と思っていた学校、社会での価値観…20数年で身につけた価値観は実際に生きるほどに論理的でなくなってくる。
スピリチュアルをYouTubeで学んで知った考えワンネス。
参考

人はもともと一つの存在であり、多数の人々も、その一つの存在につながっているという考え方。
仏教の考え方でも、人の魂は死ぬまで個として存在するが、いずれその魂は一つの大きな存在にまとまっていくのだとか。
もしかしたら、最近のぼくは楽しくしているので、母親がぼくの心に戻ってきたのかもしれない。
ほとんど地元の友達とも遊ぶことはないし、悩んでも話せる友達などはいない。
それでも、遊び相手がいなくても寂しくもないし、悩みごとがあっても2、3日すれば自分で解決法を見つけ出せる。
子供のころ、母がいてなにも心配せずに生活していたころのよう。
今はあのころより近くに母はいてくれているのだろう。
こんな考え方は全く客観的・論理的でないし、完全に主観的・自己解釈的な考え方。
でも、客観的・「人がどう感じるか?」よりも、主観的・「自分がどう感じるか?」ということも大事にしてもいいのではないだろうか?
ぼくらの世代までの学校教育はあまりにも客観的思考の学習が多く、主観的な考え方が大事にされてこなかったように思う。
だから、「だれにどう思われるか?」が気になり、「自分がどう思うか?」が大事にできなかったのだろう。
これから、「個の時代」といわれる現代。
客観的よりも、主観的のほうが現実的と思える時代になるのかもしれない。
自己中心的に解釈して、故人のことを思うのもいいだろう。
コメント